原状回復義務とは?貸主・借主の具体例をわかりやすく解説
2023年10月2日
賃貸住宅を借りるときに支払うお金のうち、退去時に敷金は原状回復費用を引いた額が返金になりますが、原状回復費用を巡ってトラブルになることがあります。借主は原状回復義務をどこまで負うのでしょうか。
原状回復義務の考え方や貸主・借主の負担となる具体例、トラブルを避けるためのポイントなど、原状回復義務についてわかりやすく解説していきます。
原状回復義務とは
原状回復義務とは、賃貸住宅などの賃貸契約の終了時に、借りている間に生じた損傷を回復する義務をいいます。これは借りたときの状態に戻すという意味ではなく、経年変化や日常生活での通常の使用による損傷は、原状回復義務の範囲は含まれません。一方、借主の過失や故意、あるいは通常の使用の範囲を超えた使い方によって生じた損傷には、原状回復義務があります。また、借主が設置したものに関しては、借主が取り除く義務があります。
原状回復をめぐるトラブルとガイドライン
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」とは、1998年3月に国土交通省(当時は建設省)が民間の賃貸住宅の賃貸借契約において、退去時の貸主と借主の原状回復費用を巡るトラブルを防止するために、一般的な基準をとりまとめたものです。賃貸住宅に住んでいる間には、借主が普通に暮らしていても、部屋にキズや色褪せが自然に生じることがあります。そのため、借主は住んでいる間に生じた破損や汚損などに関して、どこまで原状回復費用を負担するのか、線引きが難しく、敷金の返還を巡るトラブルが起きて背景にありました。
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。善管注意義務とは、社会通念上要求される程度の注意をいいます。一方で「建物・設備等の自然的な劣化・損耗等」を経年変化、「賃借人の通常の使用により生ずる損耗等」を通常損耗と位置付け、借主の原状回復義務の範囲外としています。
引用:国土交通省住宅局|原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)
貸主が原状回復義務を負う場合の具体例
借主の原状回復義務の範囲外として、貸主の費用負担となるのは経年変化や借主の通常の使用による損害です。
【貸主が原状回復義務を負う場合の具体例】
- 家具の設置による床の凹み
- フローリングや畳、壁紙の自然な色褪せ
- 借主のエアコンの設置による壁の跡、電気焼けによる黒ずみ
- ポスターなどを貼ったことによる壁の画鋲の跡
- 通常の使用による設備の老朽化などによる故障
- 次の入居者のための鍵の交換
- 次の入居者のための新しい設備への交換
- 地震などの災害によるガラスなどの破損
借主が原状回復義務を負う場合の具体例
借主が原状回復義務を負うのは、借主の故意や過失、不注意、通常の生活の範囲を超えた使い方による破損や汚損などの損傷です。
【借主が原状回復義務を負う場合の具体例】
- カーペットに飲み物などをこぼしてできたシミやカビ
- 結露を放置したことによる壁紙のカビ
- 引越し作業でできた床や壁のキズ
- 喫煙による壁紙の変色や臭い
- 下地ボードの交換が必要な程度の壁のくぎ穴
- 借主の所有のエアコンの水漏れを放置したことによる壁などの腐食
- 不注意によって窓から雨が吹きこんだことによるフローリングの色褪せ
- 冷蔵庫を設置した床のサビを放置したことによる跡
- 手入れを怠ったことによる設備の故障
- 清掃や手入れを怠ったことによって付着したコンロ置き場や換気扇など、キッチンの油汚れやスス
- 清掃や手入れを怠ったことによって生じた風呂やトイレ、洗面台などの水垢やカビ
- ペットによる柱などのキズ、臭い
- 鍵の紛失による交換
事業用物件における原状回復義務
事業用物件とは、事務所や店舗、工場、倉庫など、居住用以外の事業を営んで収益を得ることを目的とする物件をいいます。事業用物件では、契約書の原状回復に関する特約に記載された範囲で、原状回復義務を負います。事業用物件では、原状回復費用をすべて借主の負担として、特約で定めているのが一般的です。
事業用物件であっても、原則として原状回復義務の範囲は居住用物件と変わりません。しかし、事業用物件では、特約の有効性が認められる範囲が居住用物件とは異なり、極端に貸主に有利でなければ認められます。
居住用物件の場合、借主は消費者となるため、消費者契約法などの適用により、貸主よりも立場の弱い借主が保護されます。一方、事業用物件では、貸主と借主のいずれも事業者として対等な立場であり、消費者契約法の適用を受けないためです。
また、居住用物件では、、経年変化や通常の生活による損害がどの程度あるのかを想定して、修繕費用を賃料に含めることができます。一方、事業用物件は業種や事業規模によって損耗の程度が大きく異なり、借主がレイアウトや内装の変更を行います。
こうした理由から、事業用物件では経年変化や通常の使用による損害のための原状回復を含めて、借りたときの状態に戻すように特約で定めているのが一般的となっています。
原状回復義務に関するトラブルを避けるポイント
居住用物件で、退去時に原状回復義務に関するトラブルを避けるポイントとして次の3点が挙げられます。
- 賃貸借契約書を確認する
- 入居時に物件の状態を確認しておく
- 居住中に破損した場合は速やかに報告する
原状回復費用を巡るトラブルを避けるためには、まず、契約前に賃貸借契約書に目を通して、原状回復に関する特約の有無や内容を確認することが大切です。また、入居時には物件の状態を貸主・借主の双方で確認して、記録を残しておきます。さらに、居住中に内装や設備の故障や破損が起きた場合は、速やかに貸主や不動産管理会社に報告しましょう。
賃貸借契約書を確認する
賃貸借契約を締結する前に賃貸借契約書をよく確認し、原状回復に関して国土交通省のガイドラインとは異なる特約が定められていないか、チェックしておきます。特約で定められていることが多いのは、ハウスクリーニング費用やエアコンのクリーニング費用、鍵の交換費用です。借主が負担する範囲や金額が明記され、妥当性のある金額が設定されている場合には特約が有効となります。
賃貸借契約書の特約で納得できない内容が含まれている場合には、不動産会社や貸主と交渉をするか、契約をとりやめましょう。また、賃貸借契約書に特約の記載がなければ、故意や過失、通常の使用の範囲を超えたことによる破損や汚損以外の原状回復費用は、原則として借主が負担する必要はありません。
入居時に物件の状態を確認しておく
入居時に貸主と借主の双方で物件の状態を確認しておくと、退去時に入居時にどのような状態であったかを把握できるため、原状回復費用を巡るトラブルの防止や解決に役立ちます。入居時からあるキズや汚れであれば、経年変化や通常の使用の範囲内によるものかどうかに関わらず、借主に責任がないためです。
そこで、入居時に貸主、または不動産管理会社の立ち会いのもと、各場所の部位ごとに破損や汚れの有無を確認し、チェックリストに記録しておきます。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」にも、「入退去時の物件状況及び原状回復確認リスト(例)」として、チェックリストのサンプルが記載されています。作成したチェックリストは、貸主や不動産管理会社、借主が保管しておきます。さらに入居時の写真や動画もあわせて保管しておくと、より具体的に入居時の物件の状況がわかりやすいです。
参考:国土交通省住宅局|原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)
居住中に破損した場合は速やかに報告する
居住中に内装や設備の破損や故障が起きた場合には、速やかに貸主や不動産管理会社に報告します。通常の使用の範囲内での破損や故障は、原則として貸主に修繕を行う責任があるためです。勝手に修繕を行ったり、放置したことによって状態が悪化したりすると、費用負担を巡るトラブルになる恐れがあります。
原状回復義務に関するよくある質問
原状回復義務に関するよくある質問をQ&Aとしてまとめました。
Q.原状回復費用は誰が払う?
A:借主に支払いの義務がある原状回復費用は、借主の過失や故意、通常の使用の範囲を逸脱した使い方による破損や汚損などの損害の修繕費用です。経年変化や通常の使用による損害の修繕費用は貸主の負担になります。ただし、賃貸借契約書で、特約でハウスクリーニング費用などに関する取り決めがあり、妥当性のある金額であれば、借主に支払いの義務があります。
Q.原状回復費用は払わないとどうなる?
A:借主が負担する原状回復費用が敷金よりも少なければ差額が返金されますが、敷金を超える額の原状回復費用が発生する場合には差額の支払いが必要です。
原状回復費用を期日までに支払わないでいると、貸主または不動産管理会社から家賃保証会社、あるいは連帯保証人に連絡がいきます。家賃保証会社を利用している場合には、一旦、原状回復費用が立て替えられた後、借主に請求が行われます。それでも借主が家賃保証会社に対して支払わない場合には信用情報にキズが付く恐れがあるほか、裁判を起こされる可能性があります。
家賃保証会社を利用していない場合には、連帯保証人が立て替えることになるため、信頼関係に関わります。
原状回復費用が高額になって支払いが難しい場合には、貸主や管理会社に分割払いや期限の延長の交渉をしたり、連帯保証人に相談したりしましょう。
まとめ
貸主に原状回復義務があるのは、故意や過失、あるいは日常生活において通常の使用を超えた使い方によって生じた破損や汚損などの損害です。たとえば、入居中に掃除や手入れを怠ると、原状回復費用として設備などの修繕費用が請求される可能性があります。借主の原状回復義務の範囲について正しく理解しておくとともに、借りた物件はきれいに使うように心がけましょう。