原状回復工事でトラブルを避けるための対策法を分かりやすく紹介
2022年12月6日
原状回復工事は賃貸物件の退去に際して多くの場合に避けては通れない作業である一方で、トラブルに発展するケースも珍しくありません。スムーズな退去・解約のため、原状回復工事のトラブルを防ぎたいと考える人も多いのではないでしょうか。
このページでは原状回復工事対策として押さえたいポイントを解説します。いくつかのポイントを押さえるだけで退去がスムーズに進みやすくなるため、ぜひお読みください。
トラブルになりやすいのは「原状回復」の負担範囲
建物賃貸借契約ではさまざまな場面でトラブルが発生しますが、なかでも特にトラブルが多くなるタイミングが原状回復です。過去の建物賃貸借に関する紛争を調査したところ、殺人などの特異な例を除くと、原状回復の範囲に関する内容が多く見られました。
一般財団法人 不動産適正取引推進機構の公式サイトに掲載されている「建物賃貸借に関する紛争」のうち、特に判例の件数が多いトラブルとして、以下の内容が挙げられます。
- 原状回復の負担範囲に関するトラブル:58件
- 敷金・保証金返還:28件
- 転貸(サブリース):25件
- 敷引・その他特約:22件
- 賃貸借契約の成立・契約締結上の過失:16件
参考|一般財団法人 不動産適正取引推進機構 「RETIO判例検索システム 建物賃貸借に関する紛争 – (1)契約 – 原状回復」
※もっとも件数が多いものは「契約の解除・解約申入れの正当事由・立退交渉」ではありますが、ほかに比べ内容が幅広いため除外しております。
原状回復の負担範囲は、非常に限られた内容でありながらも、ほかと比べて圧倒的にトラブル件数が多い項目です。
民法における原状回復工事の範囲
原状回復の義務については法的に定められています。賃借人の原状回復義務に関する条文を紹介します。
(賃借人の原状回復義務)
第六百二十一条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
引用:民法
具体的に原状回復義務が発生する条件の例は以下のとおりです。
- 経年劣化(貸主負担):2020年4月1日施工の改正民法において、賃借人は経年劣化の原状回復義務を負わず、貸主負担であると規定されました
- 通常損耗(貸主負担):通常損耗についても経年劣化と同様に、賃借人は原状回復義務の義務を負いません。貸主負担となります
- 手入れの怠りによる損耗(賃借人負担):日常的な清掃・手入れを怠ったために発生したシミ・汚損・腐食などは賃借人負担です
- 用法違反(賃借人負担):ペットによる傷やニオイ、故意な落書きなどは、賃借人による原状回復義務があります
- その他不注意や通常の使用範囲を超えるもの(賃借人負担):家具の移動時についてしまった引っかき傷や喫煙による変色なども、賃借人負担の原状回復義務が発生するケースです
ただし、契約を結ぶ際に特約などの形で原状回復内容を決めている際は、その内容を元に原状回復を行う必要があります。民法や判例が必ずしも当てはまるとは限らない点に注意が必要です。
負担範囲のトラブルを避けるための対策法
原状回復の負担範囲に関するトラブルを避けるためには、事前の対策が大切です。
大前提として、まずは契約内容などの確認を行う必要があります。原状回復については民法で規定されていますが、契約のなかで特約という形で原状回復に関する内容が定められているケースもあります。この場合、契約の内容が優先される可能性が高くなるため、必ず契約内容を確認しましょう。
ほかにもトラブルを避けるために押さえたい対策法として、以下の3つが挙げられます。
- 原状回復に関するガイドラインには目を通す
- 原状回復範囲の明確化を行う
- 特約の有効性について相談する
それぞれ詳しく解説します。
原状回復に関するガイドラインには目を通す
原状回復に限らず、トラブルを防ぐためには基本的な知識と理解が必要不可欠です。原状回復について押さえるには、国土交通省が発行する「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」には目を通す必要があります。
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、不動産業界における複雑化した原状回復の考え方が細かく説明された資料です。賃貸物件で起こり得るさまざまな損耗について、貸主と賃借人どちらが原状回復の負担をするべきであるか、客観的な判断をするうえで役立ちます。トラブルのスムーズな解決はもちろん、トラブルの防止にも効果的です。
ただし、原状回復ガイドラインは膨大な量であり、すべてに目を通すのは容易ではありません。そのため今回は原状回復ガイドラインのうち、最低限読んでおくべき部分を紹介します。
- 第1章-Ⅱ-3 賃借人の負担対象範囲
賃借人が負担するべき原状回復の範囲について、具体的な例や考え方が記載されている部分です
- 第2章 1 トラブルの迅速な解決にかかる制度 現行制度の活用
万が一トラブルが発生した際、解決の手段として活用できる現行制度が紹介されています
- 第2章 2 トラブルの迅速な解決にかかる制度 行政機関への相談
トラブルの解決は当事者のみでスムーズに進むとは限りません。トラブル解決方策のひとつとして、行政機関への相談を提案しています。相談窓口の具体的な例や、行政機関に相談するべき理由にも触れている部分です
トラブルが起きてから動くのではなく、事前にガイドラインを読んでおくことが大切です。
原状回復範囲の明確化を行う
原状回復負担に関するトラブルは、原状回復の範囲が曖昧であるために発生するケースが多く見られます。そのため、原状回復範囲の明確化が大切です。
原状回復範囲の明確化のためには、まず賃貸借契約をしっかり読む必要があります。契約の際に原状回復に関する疑問点や不明点を質問し、曖昧な部分を解消します。原状回復負担について契約書に明記されている場合、契約内容を確認せずに契約した賃借人に責任が生じ不利になりがちであるため、契約内容の確認は必須です。特に、経年劣化や通常損耗の範囲は、細かい部分まで明確にする必要があります。
また原状回復トラブルでは、いつから存在していた損耗であるかが争点になりやすいです。入居してから引っ越し作業を行う前に、傷などの損耗や設備の不具合の有無を確認することで、原状回復の範囲を明確化しやすくなります。
契約内容やガイドラインなどの内容だけでは、原状回復負担範囲のイメージがつきにくいかもしれません。その場合は具体的な事例を用いながら、原状回復の範囲について貸主と確認し合うのが安心です。
原状回復範囲の明確化は手間と時間がかかりますが、後のトラブルを防ぐために大切な作業です。
特約の有効性について相談する
契約内容に特約の規定がある場合、負担範囲のトラブルを避けるために特約の有効性についても相談する必要があります。
民法において、経年劣化や通常損耗の原状回復は貸主負担であると明記されています。しかし貸主・賃借人双方の合意がある場合、民法などの法律とは異なる内容での契約が可能です。このように法律から変更した内容の契約を特約といいます。
特約は賃借人に不利な内容であることが多いうえ、有効性が疑われる内容も珍しくありません。実際に通常損耗補修特約の合意が否認され、特別損耗に係る請求のみが認容された判例も存在します。(H25.8.19 東京地裁)
しかし、特約が有効でないと主張できなければ、特約の内容通りに通常よりも広範囲の負担を強いられる恐れが大きいです。また特約の有効性は専門知識や判例から判断が必要なケースが多く、当事者である賃借人のみの判断は容易ではありません。
特約の有効性について疑問や不安がある場合、民間賃貸住宅に関する相談窓口や弁護士などの専門家に相談するのが安心です。相談窓口として以下の例が挙げられます。
- 国民生活センター
- 公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会
- 公益財団法人日本賃貸住宅管理業協会
- 公益財団法人不動産流通推進センター
- 一般財団法人不動産適正取引推進機構
負担以外にも対策が必要な内容
原状回復工事のトラブルを防ぐために対策が必要となるのは、原状回復の負担範囲だけではありません。以下3つのポイントについても押さえる必要があります。
- 原状回復に必要な費用の把握
- 退去までのスケジュール設定
- 原状回復工事の実施日時
それぞれ詳しく解説します。
原状回復に必要な費用の把握
原状回復に関するトラブルを防ぐため、原状回復に必要な費用の把握は必要不可欠です。事前に原状回復の相場を押さえておくことで、不自然に大きな費用を請求された際に気付けるなど、費用面でのトラブルを防ぎやすくなります。また複数業者からの見積もりをもらうことも大切です。
原状回復の費用把握について詳しく解説します。
原状回復費用の相場を確認する
前提として原状回復費用の相場は、オフィスの規模や状態などさまざまな要素によって左右されるため、一概にはいえません。自身が賃貸借契約を結んでいるものと似た物件との比較や、相場が変わる条件などを押さえる必要があります。
今回はオフィスの規模ごとに、原状回復費用の相場を紹介します。
オフィスの規模 | 原状回復費用の相場(坪単価) |
小規模 | 3~5万 |
中規模 | 4~7万 |
大規模 | 8~12万 |
このように、規模によって坪単価の差が大きいです。高級ビルや超大規模(300坪超)などの場合、坪単価が15~30万円といった高額になる可能性もあります。
規模だけでなく、オフィスの状態によっても原状回復費用が変わります。坪数自体は同じであっても、個室を作るために仕切り壁を設けているケースや、空調など設備の増設を行っていた場合は、撤去工事が必要となるため相場よりも高額になりやすいです。
原状回復に要する費用はさまざまな条件によって変わるため、あまり参考にならないと感じるかもしれません。しかし相場を知っておくことで、相場との差について「なぜ差が大きいのか」と質問ができる・適正費用であるかの判断基準を得られるなどのメリットがあります。
指定業者以外から見積もりを行う
多くの賃貸借物件では、原状回復の業者が指定されています。しかし、指定業者がいる場合でも、指定業者以外から見積もりを行うことが大切です。
不動産や建築について高度な知識を持つ人は多くありません。原状回復費用について細かな質問をしない・提示された金額をそのまま受け入れるテナント業者が多いのが現状です。そのため残念ながら、貸主側が業者を指定し、高めの金額を請求するケースが珍しくないのです。
指定業者以外からも見積もりをすれば、不必要に大きな金額を請求された場合に気付きやすくなります。また貸主側に足元を見られにくくなる効果も期待できます。
他の業者に見積もりを依頼する際は、以下のポイントを押さえて業者を選ぶことが大切です。
- 許認可を持つ業者を選ぶ
- 原状回復に関する実績を確認する
- 貸主の指定や条件に沿った工事が可能である
また見積もりだけでなく、工事依頼が指定業者以外にできるかも合わせてチェックするのが安心です。指定業者以外に依頼することで、コストダウンができる可能性や、貸主の言いなりを避けられるなどのメリットが期待できます。
退去までのスケジュール設定
退去に関するトラブルを避けるため、退去までのスケジュール設定も必要です。
オフィスの退去には原状回復工事のほか、引っ越し作業や各種契約の変更など、必要な手続きが多数存在します。スケジュールを設定し計画的に進めなければ、いつの間にか時間がなくなってしまう・やるべきことが終わらなくなるリスクが高くなります。
退去までの大まかな流れは以下のとおりです。オフィスの使用状況や契約内容によっても異なるため、自身の状況を考慮したうえで入念な計画を立てる必要があります。
期間 | やるべき内容 |
~6ヵ月以上前 | 退去する目的の明確化、移転先条件のリストアップ |
~6ヵ月前 | 解約予告、原状回復範囲の確認、移転先候補の物件調査 |
~4ヵ月前 | 原状回復工事の業者選定、移転先の選定や契約 |
~3ヵ月前 | 原状回復工事の発注、各種契約内容の確認(住所等の変更や解約) |
~1ヵ月前 | 原状回復工事の開始までに引っ越し作業 |
退去日 | 必要に応じて各種連絡や手続きなど |
このうち特に重要である、解約予告と原状回復工事の発注について詳しく解説します。
解約予告は原則6ヵ月前までに行う
解約予告は原則として退去の6ヵ月前までに行います。契約内容のなかで、退去日の6ヵ月前までに解約予告が必要と規定しているオフィスが多いです。6ヵ月より後の解約予告が可能であっても、余裕を持った作業のためには6ヵ月前までに行うのが安心です。
もし6ヵ月前までに解約予告が間に合わない場合、まずは貸主に相談・交渉を行う必要があります。契約内容のなかで解約予告の日について規定されている以上、6ヵ月より後の連絡は認められない恐れが大きいです。6ヵ月前までに間に合わない場合、改めてスケジュールを立て直す必要がある可能性が高くなります。
原状回復工事は3ヵ月前までに発注
原状回復工事は3ヵ月前までに発注するのが一般的です。原状回復工事の着工から完了までの期間は、小規模オフィスの場合でも2週間~1ヵ月、規模や状態によっては1ヵ月以上かかります。工事に際して業者とのやり取りや見積もり作業なども行う必要があるため、退去日から逆算すると、発注を始める必要があるのは3ヵ月程度前になります。
なお原状回復工事の業者を賃借人側が探す場合、原状回復工事の実績や許認可の有無などの確認が大切です。物件によっては貸主によって業者の指定があるため、事前に確認する必要があります。
原状回復工事の実施日時
オフィスによっては、原状回復工事の実施日時が限定される可能性があります。実施できるのが土日祝のみである場合や、工期の調整が必要不可欠である場合は珍しくありません。
あらかじめ管理会社やオーナー、施工業者などと日時の打ち合わせをしないと、予定通りに作業が進まない恐れがあります。原状回復工事の実施日時を確認しながらスケジュールを立てていきます。
まとめ
原状回復の負担範囲に関するトラブルは、賃貸借契約トラブルのなかでも特に件数が多い内容です。トラブルを防ぐ・スムーズに解決するためには、貸主側が実施できる対策を取る必要があります。原状回復ガイドラインに目を通す・原状回復工事の範囲を明確にするなど、事前にできることを漏れなく行うことが大切です。
退去時のトラブルを防ぐには、原状回復の負担範囲以外にも、費用やスケジュールなどのポイントを押さえる必要があります。いくつかのポイントを意識的に押さえるだけでも、トラブルのリスクを大きく下げられると期待できます。