原状回復ガイドラインとは|事業用物件にも適用される?
2023年2月1日
原状回復ガイドラインは、賃貸借契約で基準となる指針です。事業用物件において、このガイドラインが効力を発揮するのか知りたい方も多いかもしれません。
今回は、原状回復ガイドラインの概要や記載内容を紹介したうえで、事業用物件に適用されるかというポイントも解説します。事業用物件のスムーズな契約、もしくは退去を実現させるためにも、ぜひ参考にしてください。
原状回復ガイドラインとは
国土交通省では、賃貸物件の退去時に争点となりやすい原状回復に関して定めたガイドラインとして、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を作成しています。トラブルの未然防止や、賃貸住宅標準契約書の考え方、裁判例及び取引の実務などを考慮して、平成10年(1998年)3月に初版が取りまとめられました。
例えば、中小企業庁に寄せられたある相談では、借りていたビルを退去する際、予想よりも高額な修繕費を請求されたというトラブル事例があります。同庁はガイドラインに沿って、「建物や設備の経過年数を考慮し、年数が多いほど借主の負担を減らすべき」などの見解を示し、物件の所有者や管理会社とよく話し合うようにとアドバイスを送りました。
参考:中小企業庁「相談事例その15:賃貸店舗の退去時における原状回復について」
このように、ガイドラインは賃貸契約におけるトラブル解決などの指針として、広く使われているのです。
民間の居住用賃貸を想定
原状回復ガイドラインは、民間の居住用賃貸を想定して作成されている点に注意しなければなりません。事業用賃貸に向けて作成されたわけではないため、基本的に適用されない可能性が高いでしょう。
ただし、マンションの一室を小規模オフィスとして借りた場合や、SOHO物件として借りた場合は、ガイドラインが適用されるケースもあります。SOHOとは「Small Office Home Office」の頭文字からできており、小規模のオフィスを自宅と兼用で使う物件に対して使われる言葉です。
一口に事業用物件といっても、一括りに扱うことはできないため、あくまでケースバイケースで適用の可否が変わる点は留意しておきましょう。
法的な拘束力はない
法律に基づいて作成されたガイドラインではないため、あくまで一つの基準として使うこともポイントです。具体的には、賃貸借契約を結ぶ際、貸主と借主の双方にとって合意できる内容となるよう、参考にする案内といえるでしょう。
例えば、経年劣化など通常使用で発生する損耗は貸主が負担し、借主の故意や過失などによって生じた損耗は、借主が負担するように定められています。このガイドラインの内容を基準としつつ、細かな負担割合に関しては「原状回復特約」として、賃貸借契約を結ぶ際に貸主と借主の割合を規定することが可能です。
ただし、この特約は、借主側が「特約による義務を認識している」「特約による義務負担を意志表明している」などの要項に当てはまらない場合、消費者契約法に則り無効となります。
平成23年に再改訂版を公表
原状回復ガイドラインは、平成16年(2004年)2月に一度改訂された後、平成23年(2011年)8月に再改訂が実施されています。再改訂に至った経緯は、ガイドラインのさらなる普及促進を図るためとされており、具体的には以下の項目が変更されました。
- 原状回復の条件様式を追加
- 原状回復費用の精算書様式を追加
- 特約を設ける参考として最高裁判例やQ&Aを追加
- 税法改正に伴って残存価値割合を「10%」から「1円」へ変更
- よくある質問例としてQ&Aを追加
- 掲載判例として新たに21事例を追加
上記のとおり、特約を交わす際に参考となる判例やQ&Aの設置、条件様式の追加などが実施され、賃貸借契約におけるトラブルを未然に防止できるように内容がアップデートされています。いずれも賃貸借契約において役立つ内容なので、よりスムーズな契約・退去を実現するための一助となるでしょう。
2020年4月1日から民法ルールも変更
2017年5月に賃貸借に関する民法の一部改正が成立したことを受け、2020年4月1日より施行が開始されました。今回の改正では、以下のルールについて見直されています。
1. 賃貸借継続中のルール
項目 | 変更点 |
賃借物の修繕 | 修繕の必要性を貸主に通知、もしくは貸主が把握しているにもかかわらず相当期間内に応じない場合や、急迫の事情がある場合は借主が修繕できる。 |
賃貸不動産の譲渡 | 賃貸借に関する権利関係を第三者に主張する「対抗要件」を備えていた場合、賃貸不動産が譲渡されたとき、貸主の地位は原則的に新たな所有者へ移転する。新たな所有者が借主へ賃料を請求するには、不動産の所有権移転登記が必要となる。 |
2. 賃貸借終了時のルール
項目 | 変更点 |
原状回復義務・収去義務 | 借主は、入居後に生じた損傷について原状回復が義務づけられる一方、通常損耗や経年変化については義務を負わない。 |
敷金 | 貸主には、賃貸借契約が終了して物件が返還された時点で敷金返還債務が生じる。返還額は、受領した敷金の額から金銭債務の額を控除した残額。 |
3. 賃借契約から生じる債務の保証に関するルール
項目 | 変更点 |
債務の保証 | 極度額(上限額)が定められていない個人の根保証契約(※1)は無効となる。この極度額は、「○○円」など明瞭に定めて書面への記載が必要。
次の事情(元本確定事由(※2))があった場合、その後に発生する主債務は保証の対象外となる。 |
※参考:法務省「賃貸借契約に関するルールの見直し」
※1 将来発生する不特定の債務まで保証する契約のこと
※2 借主の債務金額が、連帯保証人との関係において確定すること
このように、民法に関するルールが見直されたことで、貸主と借主のどちらにとっても便益性の高い仕組みになったといえるでしょう。
原状回復ガイドラインの内容
ガイドラインでは、原状回復義務や損耗等の考え方、貸借人の負担対象範囲などの内容について記載されていることが特徴です。例えば、建物価値の減少について考える際の参考として、損耗等は以下のように3つに区分されています。
①―A 建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)
①―B 賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)
② 賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等
引用:国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」
上記のように、賃貸借の原状回復で参考となる内容が網羅的に記載されているため、賃貸物件の契約や退去の際に役立てられるでしょう。
原状回復ガイドラインは事業用物件に適用される?
原状回復ガイドラインは居住用賃貸向けに作成されていますが、事業用物件において参考にされるケースもあります。先述のとおり、小規模なオフィスやSOHO物件の場合は適用できる可能性があるでしょう。
また、東京地方裁判所の判例では、経年劣化も含めて原状回復を求めた貸主の主張が通っていません。その主張の根拠の一つが、ガイドラインは事業用物件に適用されないというものでした。しかし結果的には、通常使用した際の経年劣化等は原状回復義務を負わない、というガイドラインの内容が該当する旨の判決が下されています。
とはいえ、特約を締結していた場合などは、借主側の負担が多くなる可能性も高いので、賃貸借契約の際は十分確認しておきましょう。
まとめ
賃貸借契約において、原状回復ガイドラインは重要な基準となる指針です。基本的には民間の居住用賃貸を想定して作成されており、法的な拘束力はありません。
ただし事業用物件でも、経年劣化による損耗や小規模オフィスなどの条件に当てはまると、ガイドラインが適用されるケースもあります。これから事業用物件の契約や退去を検討しているという方は、ぜひ今回の内容を踏まえてみてはいかがでしょうか。